どんなひと【About】

こんにちは!ツカエルデザインの中の人、つかきょんです

簡単なプロフィール

1975年生まれ、山口県下関市出身、現在は愛知県在住。
19歳女子と14歳男子、2人の子供を育てるシングルマザーでもあります。
双子の妹がいます。性格は真逆ですが、見た目はよく似ている・・・
甥っ子曰く「つかきょんは、湯婆婆と銭婆(by千と千尋)だったら、ぜにーばの方」らしい

お仕事は、グラフィックデザイン(印刷物関係)を軸にWebも手掛けるフリーランスデザイナー

ちょっと変わっているところ

デザインの学校には通っていません。
ほぼ独学、未経験で働きながらデザイナーになったという変わった経歴。
ほぼ独学とはいえ、現場たたき上げの経験値は25年を超えました

こんな想いがあります

デザインを使って、起業したてのビジネスオーナーさんの力になりたい!
私のデザインはどんなステージに最も適しているかを考えると、スタートアップの販促物なんです。
それは私が起業時に順風満帆じゃなかった事も関係しています。だから自分の経験も併せてお伝えしたい
先に起業した1人の事業主として、デザイン制作をしつつ、伴走して応援できたらなって思っています。

ハードモードな私の人生経験を、同じ思いの方や、次の世代に生かせるといいな
シングルマザーなので家事・育児・仕事をワンオペでやるのが本当に大変でした。
そんな経験値を活かして女性の持続可能な働き方を真剣に考えています。
女性だけじゃなく、誰もが生きやすい世界になるように、微力ながらそんな活動もしています。

子供の頃〜社会に出るまで

【小学生の頃】

デザインの基礎を作った
のは子供時代でした

お絵描き大好き!絵画コンクールでは常に入賞!将来の夢はイラストレーターか漫画家!そんな子どもでした。
いい絵を描くための努力は全然苦じゃなくて、ストイックなくらいに毎日お絵描き三昧な日々。

小学校卒業時点で1万時間の法則をクリアしていたかも。
自分には才能がある!と本気で思っていて、
とにかく時間が許す限り絵を描いておりました

1万時間の法則とは、ある分野のエキスパートになるには1万時間の練習・努力・勉強が必要だという理論です。

イギリス出身の元新聞記者・マルコム・グラッドウェル氏が提唱した理論

【中学生の頃】

叶わない・味方がいない
夢を諦めた、初めての挫折


中学では油絵部に入部。3年生では部長も務めます。順風満帆かと思いきや、進路で問題発生。
工業高校のデザイン科を希望するも、性別の壁で受験すらできずに挫折
「建前上の女子枠はあるけど、女子が入ると先生達が大変だから空気を読んで辞退しろ」でした。
ショックだけど何がなんでもデザイン科に行ってやる!とは思えなかった。迷惑だって言われたら引いちゃう性格。
でも男子だったらデザイン科に進学できたかもしれないと思うと、悔しかったなぁ。

中学生には性別の壁という世の中の理不尽さが悲しかった・・・
この頃からかな、絵を描く機会が減っていきましたね

【高校生の頃】

味方はいるけどお金がない
夢を諦めた、2回目の挫折


そんなわけで高校は普通科に。一応進学クラスにいたけど、家庭の経済的事情で進学は無理という状況でした。
そんな中、美術の先生と中学からの先輩2人に、美大行きをかなり強く勧められます。今思っても嬉しい出来事。

自分の才能や努力を認めてくれる人が現れたようでほんと嬉しかった。
だけど、お金がないんだよな〜

美大進学には、まず予備校に通って受験に備える必要性があるのと
受かっても学費・画材代・下宿代・生活費の工面が必要で
奨学金を受けることができても、金銭面かなり厳しいことが判明。

美大に行きたいって親に言ってみたら
「アンタは人を不幸にすることしか言わん」って言われましてね。
実家は金銭的に厳しい状況にあるのは分かっていたんですが、
私がどんな気持ちで言ったのか、話くらいは聞いて欲しかったなぁ。

親も余裕がなかったんだろうね。とはいえキツいなぁ。

美術の先生には一応相談したんですけど、
受験前の予備校代を聞いた時点で、こりゃ自力じゃ無理だなと。
悲しくなるだけなんで、心のシャッター閉じちゃいました。

奨学金とかの相談もどこに聞けばいいか分からなかった。
今ならネットで検索できるけど、まだネットのない時代。

お金がないって何にも出来ない。働いて稼がなければ。とにかく自立して家を出ようと心に決めました。
自宅に送られてきたリクルートの冊子を元に、待遇が良くて、給料のいい、寮のある会社を探して就職活動をします。

東京大阪はなんか怖いし、福岡広島はちょっと近すぎる、
消去法で名古屋近隣に絞って就職先を探しました。

一人暮らしはお金がかかるから寮がある会社にしたんだね

大手自動車関連の企業を受けてなんと一発合格!このとき実技テストがあったんですけど
20分の制限時間がある中、1分で完成させて驚かれたのでこれが決め手だったのかも、と今でも思ってます。

ちょうどこの時期、高卒はまだ就職先があったのですが、大学進学組は
就職氷河期に突入し就職で苦労した、そんな時代背景ですね。

当時は就職倍率20倍でしたが、次年度はなんと100倍!
思えばバブル時代の最後の恩恵だったかも。

社会に出てから

【高校卒業後の話】

高待遇な労働環境
生涯安定を約束された会社
なのに物足りない何か…

全てを捨てて冒険を始める

大手自動車関連企業になんとなく就職出来てしまった私。超ホワイト企業で一生安泰を手に入れたにも関わらず
もっといろんな仕事を知りたい!と冒険を求めて2年ほどで離職。周囲の大反対を吹っ切っての大胆行動でした。

今でも超大手、誰もが知ってるような安定した大企業を
そんな理由で辞めるなんて!周りから見たら狂気の沙汰だと思うよね。

何もしなくても安泰なぬるま湯生活、ずっとここにいたら腐ってしまう!
そんな風に感じたんですよ。

飛び出したはいいものの
バブル崩壊で求人がない!
とりあえずで始めた仕事

生命保険会社で営業職

生保の会社で営業職、これはもっといろんな仕事を見たい知りたい!の私にはうってつけでした。
保険の勉強もすごく為になった。やることが見つからない人は、保険会社で働きながら勉強するといいと思うくらい。
生きていくためのお金の知識、人生ロードマップ、万が一の事態に備える知識、投資や貯蓄の事などなど
一生役に立つ知識手に入れられます。

飛び込み営業できるメンタルもここでゲットしました!

名刺デザインのセミナーでこの頃の話が出てきたよね
色んな名刺に触れた経験もデザインに活きてる感じだね

【運命の転機】

然というには出来すぎ
そんな運命の出会い

人生の分岐点が
分かりやすい形でやってきた

ここはかなり面白い部分だと思うので読んでもらえるといいな
ブログ記事にまとめているのでぜひ読んでみて欲しいです。

ぐいっと人生の流れが変わったデザイン道への入り口だね

振り返ってみると、この出来事が私をデザインの道に導いてくれたきっかけでした

偶然というには出来過ぎ!旧友との運命的な出会い74ff74

【デザインの道・第1】

視点を変えて再検索
絵を描く仕事がしたい!

30社落ちた就活の流れから

一発合格!イラストレーターへ

デザイン道の最初の1歩は取扱説明書の絵を描く仕事。テクニカルイラストというジャンルのお仕事でした。
ここでPC(Mac)とグラフィックソフト(Adobe Illustrator)を実践で学びます。約7年在籍。
車の修理書、意匠登録の図面、マンションの間取り図、電子機材メーカーのカタログ制作、各種取扱説明書など
写真トレースもあれば、数式使って図面から立体に起こすものもあって、色んな線画を描いていました。
フリーランスで建築パースを描いている女性の外注さんがいて、こういう働き方もあるんだって知ったのもこの時期。

写真からトレースする案件は、自分にデッサン力があるのが役立った

小学生の頃の基礎力がここで役立った

特許関係の意匠図や、図面から立体に書き起こすイラストには
第三角法や等測投影法(アイソメトリック投影法)
製図やパースに近くてムズカシイ・・・でも面白かった!
まさか社会に出て仕事で数学に出会うとは思わなかった・・・

サイン・コサイン・タンジェント、出会ったことはあるけど
記憶の彼方に追いやられてしまっていた知識たちとの再会ね

テクニカルイラストについて知りたい方はこちら(ムズカシイ説明出てくるからおすすめはしない)

テクニカルイラストレーションとは?wikipedia

【デザインの道・第2】


ちょっとやってみようかな…
気楽に始めてOKです!
経験値を作る方法


結婚・出産で離職。専業主婦期間は約10年。その間に色んなことにチャレンジしておりました。
子育て専業主婦で外に働きに行けなくても、スキルアップはできるんだなって振り返ってみて思います。
仕事としてやってないのでブランクとして見られがちですが、この時期の経験値はすごく役に立ってます。

子供が通っていた親子教室のホームページを作成

メモ帳使って、ネットで拾ってきたHTMLのコード組み替えて制作
当時FC2というホームページ無料作成できるサービスを使いました。
そんな手作りサイトですが、延べ5000人を超える集客に成功

同じ教室の10周年記念のロゴデザインコンペで優勝

データ化しオリジナルグッズを製作。
Tシャツ・タオル・クリアファイル・エコバッグなど
販売数は延べ1000個以上なんじゃないかな

手作りにはまって作ったものをブログやSNSで発信

まとめサイトに掲載されて、ブログアクセス数が急上昇!
バスった記事がいくつかあります。

ハンドメイド作家として講座を開いたりイベントにも出店

講座の経験は現在のセミナー開催に役立っていますね
お家ショップ主催やクリエイターズマーケット色んなことやってました

【デザインの道・第3】


ピンチの後はチャンスが来る!?
気になった事をやってみると
道が開ける!そんな実例


色々あってシングルマザーになった事を機に、再び保険の営業職へ。ここでFPの資格もゲットします。
親にも頼れずワンオペで家事育児をしながら稼ぐって超ハードモードです。私も子供たちも不安定でした。
この時期の人生経験値は、本出せるくらいハードモードなんですが、ちょっと毛色が違う話なのでここでは割愛します。
この頃、デザイン会社でお手伝いを始めます。出会いは保険屋さんとして行った飛び込み営業でした。

デザイン会社にアルバイト募集のポスターが貼ってあったので
仕事のアリバイ作り兼ねて飛び込み営業しに行ったんですよ

飛び込み営業できるメンタルが役に立ってる
そしてポスター貼っとくって地味に効果ある実例

デザイナーとしては経験値もなく、グラフィックソフトが少し使える程度だけど、やっぱりこっちの道に進みたい。
現場で再びデザインを学びたくて、会社休みの土曜日にお手伝いに行くことにしました。
そんなご縁は現在も継続中。独立した今でもお付き合いのある会社なんですよ。

当時は気づかなかったけど、面白いことに
保険業→デザイン業の流れは2巡目です

偶然なのか、型みたいなものがあるのか・・・

【デザインの道第4】

ピンチ到来
だけどチャンスも到来
諦めないことでやってきた
運命の出会い!

鬱になって保険会社を辞めることを決意します。相性の合わない人と無理に関わると心も体も壊すんだって痛感。
デザイン会社にも、鬱になったこと、保険会社を辞めること、ドクターストップなのでしばらくお手伝いにも行けない事を正直に話してしばし休養。
しばらくして「イベント会社がデザイナーを募集しているからやらないか」とデザイン会社から紹介していただきました。
そんな流れでイベント会社へ就職します。求める人物像は「デザインと営業の総合力」でした。
イベント会社の採用したいイメージ像が私の出来る事とドンピシャで一致だったんです。
入社後は、こんな人が来るのを心底待っていたよ!入ってくれてホントよかった!って嬉しいこと言ってもらえました。

社内にデザイナーはたった1人
イベント会社側も初めてのデザイナー採用、どきどき

そこそこデザインができて、客先との打ち合わせができて
情報共有と整理をしながら製作物を作れる人が欲しかった!

色んな経験値が程よくミックスされて大活躍できました
総合力って大事なんだなと。

大手企業との直取引や官庁関係色々やっていたから
今でも街中に自分のデザイン制作物がたくさんあるのです

【デザインの道・第5】

仕事は楽しい、いい仲間もいる
だけど会社員のままでは

未来のビジョンがない…
またもや安定を捨てて冒険の旅へ

仕事は楽しかったけど、思うことあって独立起業を決意します。いなくなったら困るっていっぱい引き止めてもらいました。
愛されているのは嬉しいけど、ここにいても未来のビジョンが見えなくなってしまった。
安定はしているけど、躍進はしない。色々考えたのですが、独立という道を選びました。

正直、独立するってこんな大変なんだ!って知ったのは独立してからです。コロナの時期とも被っちゃったのもある。
守られているありがたさが身に沁みたり、信じて騙されたり、裏切られたりもしましたが、
独立したからこそのいい出会いもたくさんあります。決定権が自分にあるということが、独立した最大の利点かな。
荒波航海はまだまだ続くでしょうが、それもまた楽しんでいこうかと。(2022年5月現在、2年経ったところです)

長い文でしたが、最後までお読み頂いてありがとうございました。